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2019年10月31日木曜日

10月は終わります。

70ジジーです。
10月はあっという間に過ぎていきました。
途中2週連続の台風関東直撃、そのほかにも長雨と風被害。
私は全くと言っていいほど影響はなかったのですが被害にあわれた方々にはお見舞い申し上げます。ほとんど周りにも被害がなかった中で日野橋(多摩川にかかる)の橋げたが台風19号の雨水の流れで緩み橋の通行止めが一番大きな被害だったかもしれません。
今は都道になっていますが昔は新宿から八王子までの国道20号線の一番の渋滞ポイントでした。20号線を上るのも下るのもボトルネックになって「渋滞何キロ」と朝の放送で聞いたのを思い出します。現在は立飛橋や石田大橋、多摩大橋などが在ってそれほど困らないのかもしれませんが当時から、重要な橋だったことは間違いありません。

台風被害の情報はで歩かなくても、ネットで検索すれば沢山、画像と共に見ることが出来ます。地方の情報も簡単に判ります。
そこで地方にいる友達の事が気になって調べたところ(長野県飯山)千曲川の堤防決壊の被害は何とか免れたような情報が判りました。便利な世の中になったものです。

武蔵小杉の高層マンションの被害のニュースは驚きました。雨量が多くなり周辺が洪水になりマンションの受電設備が水没した結果マンション内の電気が不通になり水道もエレベーターも利用できなくなった被害でした。タワーマンションは地震に対して余裕を持った構造らしいですが足元の水没には弱かったとらしいです。
私も6階に居住していて外出時にはできるだけ階段を利用する体操を心がけていますが例えば47階から毎回階段利用をしようなどとは思いませんから高層階の方は大変だったろうと思います。

10月の半ばついにお医者さんから高血圧の薬を処方されてしまったこともショックの一つでした。毎朝の血圧測定が習慣になっていたのですがその記録を見たお医者さんが「血圧を下げないと将来の脳梗塞、脳溢血のリスクが高いですよ」と言われ遂に決断をしたところです。薬の威力はすごいですね。飲み始めて翌々日からは通常値が30ほど下がりました。それで一応高血圧の診断基準を下回りました。それから毎日1錠飲むことで基準値を下回る生活をしています。ただ副作用なのか時々心臓がキュッとつかまれるような感覚があり少し不安です。

10月最大のイベントは「東京モーターショー」に出かけた事かもしれません。あるところからチケットを2枚戴き有明、青海、東京ビックサイトに出かけてきました。ビックサイトの頭でっかちビルはコミケとか漫画イベントそのほかのイベントニュースで知っていましたが行ってみたいとは思いませんでしたが今回迷いながら中を売ろうるする体験ができました。
昔の自動車ショーは学生の頃毎年のように言っていました。派手な流線型の車やら数年先には市販されるかもしれないコンセプトカーなるものをきれいなお姉さんが横に立って展示してありカメラを片手に撮り歩いたものです。当然そのころはフィルムカメラで36枚撮り数本を撮った覚えがあります。それから数年して車から興味を失い、車は実用車に限ると思う時代が続きました。「乗って安全にある程度のスピードで移動できる物」です。

近年、カメラはデジタルになりカメラそのものも電話に付属するものになってしまいました。車は内燃機関で動かすのではなく電動に変わりつつあります。その先には自分で運転せずに済む乗り物に変るのかもしれません。そんなことを考えながら「モーターショー」を見に行ったのですが見に来ている人たちは昔と変わらず熱気に包まれておりました。
未来カーは相変わらず流線型で(未来バスは四角でしたが運転手は居ませんでした)きれいなお姉さんがにっこりするのは全く同じでした。



2019年10月1日火曜日

日光、中禅寺湖、東照宮、

70ジジーです。
先日、連れ合いの墓参りのついでに北関東ドライブをしました。
行った先は結城、小山、日光中禅寺湖、いろは坂の上り下り、明智平とメインの東照宮。

年寄りのドライブですからとても日帰りは無理で、中禅寺湖で一泊してその後、東照宮をお参りして帰ってきました。前回行った時には東照宮の平成大修理で彼方此方カバーがかかり近寄れないところも多々ありました。その所為でお客さんも少なく逆にのんびりと見学ができた思い出があります。
今回は、小学校の修学旅行シーズン真っ盛りで多数の学校がドンドンと送り込まれていました。60年ほど前を思い出します。観光バスのガイドさんが三角の旗をもって先頭に立ち我々がその後ろについて名所めぐりをしたものでした。
今は、「班行動」とかで自洗に学習したことを各班で実物を見学して歩くのが主流のようで5~6人のグループが風を切って年寄り(私です)の周りを何組も走り抜けていきました。先生たちは要所要所にばらばらに立ってグループチェックをしています。
写真の奥に本殿がありその奥の「奥の院」までの阪は来るたびにきつく感じて息切れが増します。何とか今回も無事お参りできました。(別に徳川さんに義理はありません)
そんな気持ちがバレたのか本殿のお参り後に事件が起きました。
本殿は靴を脱ぎお参りするシステムでデカい靴箱が建っています。そこへお参り前に靴を入れて帰りに靴を履いて帰ります。当然ごちゃごちゃして渋滞します。私は入るときに86番の靴箱に入れました。ちなみに一番上でした。お参りの後帰ってくるとその靴箱は空っぽでした。連れ合いがその下に置いていたのですがそれはそのままありました。

特に良い靴という訳ではありません。サロモンと言うメーカーのゴアテックスシューズであまり人が履いていないマイナー物で、どこかで誰かが履いているのを見た事はありませんでした。5分ほどどうしようかと周りを見ながらウロウロしていました。靴箱を観察すると斜め下7~8段目によく似た靴が残されていることに気が付きました。そこで出してみるとやはりサロモンシューズでサイズも同じ、色も黒で私のとの違いはブルーの細い線が入っている事だけでした。これだ!と思いました。私の元シューズよりはくたびれ感があります。隣で連れ合いが「良い靴を履いてきてはダメだ、取られても良いものだと取られないものだ!」と後講釈をしてくれました。

それにしても、履き心地は違うので戻ってきて交換できるかもしれないと思いそこで靴を持ってぶらぶらしていましたがそこの渋滞から皆の視線で邪魔光線を受けてあきらめました。
その靴を履いて帰りました。その後の「泣き竜」の見学でも靴を脱がなければイケない事になり今回はビニール袋に入れて防御しながら見学しました。「泣き竜」ではなく心がガタガタでした。

落語に主役が銭湯に正目の下駄で行き、風呂から出るとその下駄を取られて最後の客が帰って残った履物は汚い草履で帰ると言う話があります。
今回はちょっとくたびれた同じメーカーの靴に変っただけですからそれよりは良しとしましょうか?
帰ってから考えたのですが、私と誰かの靴の相対の交換で済んだのなら良いのですがトコロテンのように誰かの靴を誰かが履いて帰り次の人がまた誰かの靴を履いて帰り最後が裸足で帰ることに成っていないと良いと思いました。



2019年9月23日月曜日

消費税の増税

70ジジーです。

このところ心臓がキュッとつかまれるような気がして息苦しくなる時があります。ネットで狭心症とか心筋梗塞とかのワードで検索するのですがなんとも「すべての表現が当たっているような外れているような」で曖昧模糊です。

前回の「特定検診」で心電図では何の異常もなかったので安心していたのですがその時の結果で「高血圧」と診断されて先日から血圧降下剤を飲み始めました。その所為で心臓が「キュッ」となるのかとも思いましたが薬を飲み始めてからの診察がまだありませんので原因不明です。

10月1日から消費税が10%に上がると話題に上り始めました。それまでは韓国との不仲話が多く、国外に話題を集めていましたがいよいよ国内の税金が話題になり始めました。が、ついでに台風が来て停電話と税金から目をそらせる要素が沢山あります。
安部内閣はヘラヘラしてその時期の通過を待っているようです。

庶民は買いだめと言う対抗策を取り始めましたが、2%の上乗せと言う事でそれもあまり景気の良くない今で、実行されてもいないようです。でも70ジジーは買いだめました。
電動歯磨きのブラシ7本と髭剃りの洗浄液を6パックも買ってしまいました。

こんなに買ってしまって生きているうちに使いきれるのでしょうか?

2019年9月10日火曜日

叔母さんが亡くなった。

70ジジーです。
毎日暑くてたまりません。
台風の後は特に大変でしたが、私の住んでいるところは停電もなく断水もなく大変だと感じる度合いも他の被害を受けている人から見ればとても軽微です。

8月末のひどい暑さの所為でしょうか私の叔母が亡くなりました。85歳でした。
その年齢まで生きてきたのですから体の彼方此方にぐわいの悪いことはあったのでしょうが遂に力尽きたと言うところでしょうか?・・・・・合掌です。

その叔母が亡くなり子供たちがその後を処理しています。変な言い方ですが儀式だけではなく一人の人間が亡くなるとその後の処理がいろいろとあるようで当事者は悲しむ暇もないのが判ります。私の時は誰がどのように処理してくれるのか判りませんが「よろしくお願いいたします。」

その叔母に関して思い出したことがったのでここに書き込んでおきます。
私70ジジーが生まれたのは70年前、当たり前ですね。その時「新潟」に住んでいたのです。親から聞いたことで自分の実感ではありません。その幼少のみぎり、多分4歳になった頃だと思いますが新潟の家で朝、目が覚めた時に母親が「昨日の夜中におばちゃんが来た。客間で寝ているから静かにするように」と言われました。東京のおばちゃんが来ているのですから遊んでもらいたくて客間を覗きに行った事を覚えています。
その後、母親が言ったことは「おばちゃんが来ていることは他の人に話さないように」と言う事でした。なんでも警察に追われているかも知れないのだとか。
そのころの子供は怒られるときに「お巡りさんに言いつける」と親から言われるのがとても怖かったのです。「おばちゃんが警察に追われれているかもしれない」と言うのはとても子供心にショックだったのでしょう。よく覚えています。

今になって時代を振り返りますと、1949年生まれが5歳になるのは1955年。それまでの年表で調べてみますと「1952/5/1のメーデー事件」の頃のような気がします。
その時私はまだ3歳で思ったよりもまだ幼かったことに気が付きました。
ずっと、おばちゃんが来た時を年代で繰り下げて「安保闘争」だと思っていましたが今回の思い返しで新事実発見できました。

その後の叔母の思想信条は不明ですが青春のいちページを飾ったことは事実だと思います。そのことは誰にも言っていなかったかもしれませんが「70ジジー」が覚えていたことが供養になると良いと思いブログに書きました。

2019年8月28日水曜日

あまり元気ではありません。

70ジジーです。

前回の投稿前から歯医者さんに通っていたのですが、ついに2本抜歯となりました。
右奥の上側、親知らずは残ったのですがその前2本が割れていて(一本は縦割れもう一本は横割れ)抜かざるを得ませんでした。縦に割れている方はあきらめていたのですが横割れの方は半分を残すことが出来なかったかと少し残念です。

歯医者さんが悪いとかレントゲンがうまく写っていなかったとかではありません。割れていたら予後が悪くなるので抜くと言う方針のお医者さんに掛かっていた私が悪いのです。
同じ歯医者さんで、5年前に左下親知らず前の奥歯を抜いて義歯を入れた事がありました。
その歯も治療困難で抜歯。初めての義歯を入れたのでした。この時から入れ歯とのお付き合いが始まったのですが面倒なものだと感じてきました。
今回も痛みがひどくなって同じ歯医者さんに行ったのが決定的でした。少し調べていけばよかった。その歯科は「残せるかどうかやってみましょう」とは言ってくれましたがレントゲンを撮った結果「無理そうですね」で抜歯になってしまいました。

歯医者さんは治療の回復を見ながら次の診療を決めるので割に時間がかかります。その為
一本を抜いた後もまだもう一本は持たせられるかもと期待して時間がかかり、やはり抜きましょうになって治療椅子から逃げられませんでした。

歯茎に大きな二個の穴が開いています。歯を抜いたあたりから肩こりと右頭の片頭痛が始まりました。割れて痛くても歯が在った時には感じなかった体調の異変です。
70歳を過ぎるとアチコチにガタが来ます。昨日まで良かったところが「今日から痛い」なんて事があります。ジワジワとお仕舞が迫ってきているのでしょうね。

そろそろ注文した義歯が出来上がりセットできると思います。インプラントにしなかったのは行っている歯医者さんではやっていなかったからですが抜いた痕があるだけでこんなに体調が不安定なのにそこへ金属を埋め込む手術をするのはチョッと不安になりますね。

現在、残りの歯は27本。何とか「8020」達成のために歯磨きを頑張りたいと思っています。

2019年8月4日日曜日

70ジジーバテバテです。

選挙の後、イロイロとおかしな流れが続きます。
選挙がらみでは「N国党」が仲間を増やし、NHKがそれに対抗意識を丸出しにしたり他の政党が「うちも金を払わない」などと言い出しています。

「れいわ~組」がらみでは国の制度では、障碍者が働く場合自分の身の回りの費用は自分で持つらしいのですがそれを今回は特例で参議院が持つことになったようです。
その特例が良いのか悪いのかと、「れいわ~組」さんでは他の働く障碍者の費用も国で持つことを求めているようです。 (これは私の理解です。違っていたらご指摘ください)

どちらの政党も新しい風を送り込んでいると思います。「黙ってその他大勢についている」人たちに猛省を求めたい気持ちです。

韓国との関係も動き出しました。昔からお互いの言い分がすれ違っているので解決は無理でしょうが黙っていると理解は進みません。お互いに言いたいことは言う方がよいと思います。「その時に冷静な判断ができる大人」が増えることが望ましいと思います。
「印象操作」「「人心掌握」「ポピュリズム」「非国民」「不買運動」皆、権力側の陰謀で、我々、ホモサピエンスとネアンデルタール人との闘いの頃から今に至っております。

「ぶつかり合いは権力無しの普通の人」には何の利益ももたらしません。何をやっても権力を持っている人が利益を得るのです。町内会の会長から一国の元首まで権力者の利益になります。

後で「あの時はしょうがなかった」と言うのはやめたいと思います。

気温が暑いとボーっとしてきます。

2019年7月22日月曜日

48.8%って何・・・?

70ジジーです。

参議院選挙終わりました。
心配した投票率が 48.8%と24年ぶりに50%を割り込んだと言う事です。

投票は「義務」ではありません。「権利」です。
自分の権利を放棄する人が半分もいると言う事が私にはわかりません。若い人たちが棄権したのか年寄りが棄権したのか、そんなデーターがハッキリするのを待ってみます。

70ジジーとしては、もう30年も生きているとは思いませんが20歳の方たちはあと30年たっても50歳です。その時の日本がどうなっているかを自分の意志で選択に参加したと言う事実を持っていてほしいものです。

30年前、70ジジーが40歳の時にも選挙があって当然「権利」を行使いたしましたが、それからの生活が投票により良くなったのか悪くなったのか判断はできません。しかし選択に参加した事は自分の人生に対する責任を果たしたと思っています。

若い人がこれからの人生を考えるときに、政治を人任せにして投票にも「参加」せずに過ごしていくことは余りにも無責任ではないでしょうか。
民主主義の「民意」を表すための自由選挙投票を大事にしましょう。

取り上げられない為に。