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2026年3月14日土曜日

諏訪湖 満喫満腹

70ジジーです。元気です。


春になってぽかぽか陽気に誘われて温泉旅行を計画しました。

世の中は上手く行かないものだと言うのはこの年齢になると理解しておりますが予約日の前日から日本海側に雪雲が発生、関東のみなみ海上には低気圧と下手をすると東京に大雪が降る可能性のある天気図展開になってきました。ノーマルタイヤの愛車での旅行はどうなるかヒヤヒヤものでした。当日は南岸低気圧はもっと南に下がり八丈島あたりに在りそのまま東に向かう天気図でした。


冷たい風は吹いていますが雨雲はその風に飛ばされて青い空が一面に広がって旅行日和になりました。「世の中は上手く行かないもの」と言った後ですが、どんでん返しもあることをこの年齢になると知っております。要するに年寄りはどちらに転んでも言い訳ができるという特性を持っているのです。


そのお天気の中、中央高速を順調に走り2時間ちょっとで「諏訪湖の一望できる蕎麦屋」さんに到着いたしました。

上諏訪側から   

                    岡谷方面

大海老2本豪華天ざる蕎麦

こちらは無料の展望台

続いて、甘いものは別腹というので下諏訪に移動して


おいしかったです。ママさんと会話楽しかったです。

その後お宿にチェックイン。すぐにお風呂に入りました。

そして翌朝朝食後チェックアウト。


高島城遺跡へぶらっと散歩。その後まだ風呂に入り足りないというので

「片倉館」へ。


ここの深い大きいお風呂は大好きです。

お風呂の底の玉石を踏んで足の裏ストレッチをして終了。

それだけでまたおなかが減ってランチタイムです。年寄りは食べることが楽しみです。

諏訪湖周辺にはたくさんのうなぎ屋さんがあります。本当なら片端から全部試したいのですが毎回一か所でおなかがいっぱいになり残念です。今回は「うな藤」さんに入りました。


関東ではウナギを背開きにして蒸してたれを付けて焼くのが主流だそうです。関西は腹開きで蒸さずに焼くのだそうです。その流儀の境目が静岡とか長野とかにあるそうで確かに諏訪近辺で食べたウナギは蒸した店と直焼きの店が混在していました。

こちら「うな藤」さんは直焼き系になります。写真の上の白焼きを見ると確かに蒸していないのがわかります。関東で食べる白焼きはしっとりとしていますがこちらはコリコリとした食感でした。うな重も関東ではご飯の上に焼いたウナギが全部乗っている店が多いのですが長野では注文時に「何枚」という注文になりました。写真では「3枚」の注文です。1枚だけがごはんに乗って残りは別のお重で提供されました。

この「何枚?」文化は長野のおそば文化からきているのかもと思います。長野でおそばを食べるときにも「あと2枚ください」などと言いザルに乗ったおそばを注文していました。

満腹した後は安全運転で帰ります。これもお約束なのですが中央高速の小仏トンネル付近の渋滞にはまりました。今回は時間が早いわりにちょっと長い渋滞かと思いましたが渋滞の先頭に到着するとキャンピングカーが横転して道の半分を占めていてそこが渋滞の元でした。今、背の高い車が多いので風などが急に吹いたりすると下り坂などは特にフラつくことがあるそうです。皆様も安全運転でお過ごしください。




2026年2月22日日曜日

河津へ河津桜を見に行く

70ジジーです。元気です。


昨年もJRで「みなみの桜河津桜高尾号」で河津に桜を見に行って「何も咲いていなかった!寒かった!」と言うブログを書いた覚えがあります。今年はそのリベンジ編です。


八王子駅から指定席に乗ってボーッとしていると河津駅に到着するというとても便利な特急列車があります。これはいつもある列車ではなく丁度桜の咲く時期の特別列車になるようで今年も1本だけ運行されました。駅ネットで運行が発表されてから発売までの時間がとても長かったです。


先に書きましたが昨年も同じ列車に乗って河津に行っています。思い起こせば、2月の14日でした。昨年は夏の猛暑前にも天候不順があり通常なら河津桜の開花時期はこの列車のころの予定でした。(JR企画担当者もそう思ったことでしょう)

その、2月14日に河津駅に到着した時の残念感は未だに思い出します。…でも今年は満足。


今年の企画担当者は昨年の失敗に(?)に懲りて1週間後ろにずらしてありました。企画は当たりお天気も良く満席の乗客はウキウキと到着した河津駅から桜のなみきに向かっていきます。町中がピンクの雲がたなびくようで極楽浄土は「斯く有りなむ」でした。

私たちはその波に乗れず「ヨタヨタ歩き」でタクシー乗り場へ直行で、タクシー待ち。道の渋滞かタクシー不足か昨年とは違い車が来ません。それでも何とか乗って「踊り子会館温泉」に向かいました。運転手さんと会話でお客さんがたくさん来るので道が混むのは仕方ないが道路に止めたり急に停まったりの運転が困ると言っていました。確かにすぐ前を走るレンタカーがゆっくり過ぎる走りと信号待ちからのスタートの遅さ、結構な迷惑運転でした。

温泉に浸かり、露天風呂で桜の鑑賞、湯上りの快楽、まさに天国の2時間を過ごして人ごみの桜鑑賞道路に出かけます。

途中で出会った人力車。セールストークで
「死ぬ前に乗ってみませんか?その時に乗っておけばよかったと後悔しないためにも乗ってみませんか?」でした。私が「死にそうに見えたのか?」と聞くと「人間みんな、死にます」でした。  ボーズ頭は伊達じゃないと思いました。


しかしながら凡人の私は


と進み、

帰途に就きました。

「人生の一大イベント」が一つ終わりました。

2026年1月22日木曜日

木下大サーカス いつ以来だろう?

 今年初の書き込みです。

元気にお正月を迎えました。(遅い報告で申し訳ありません)

『正月や 冥途の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし』・・・というところで半月も過ぎました。


暇にあかせてネットサーフインをしていてたまたま見つけたのは「木下大サーカス」の立川公演で昨年11月から始まっていたようでちょっと遅いニュースでしたが興味を引かれて調べてみるとまだまだ観覧できそうでした。チケットもネットですぐに取れてその予定日までのウキウキ感は子供の時のそれを思い出します。頭の中でサーカスの曲「天然の美」が鳴り響きました。今の若い人はほとんどご存じないでしょうが昔のサーカスはみんなこの曲でした。そしてサーカス団はいくつも存在して旅芸人のような生活をして日本全国を巡回公演していたのです。これは私の体験ではないのですがその人の学校へ転校生が来てその子は「サーカスの子で講演が終わるとまた転校して行ってしまった」と思い出を聞いたことがあります。


サーカスだけではなく、大衆演劇、見世物小屋、お祭りのテキやなど昔はあちこち巡りながら生活していた人が沢山いました。お客さんは地元に来てくれるそんな娯楽をとても楽しみにしていたものでした。

今は人の移動が楽になった分、お客さんに移動してきてもらう公演が多くなったようです。


その昔、小学校へ入る前だと思いますが田舎暮らしの我が家のそばにサーカスがやってきたことがありました。父親が切符を手に入れて連れて行ってくれたことを思い出します。今まで空き地だったところへ派手な布地のテントが建っていて中に入ると真ん中に広い輪っかがありその周りを板でできた長椅子が囲み客席になっていました。お客の呼び込み中は「天然の美」がエンドレスで鳴っていました。小さな座布団を借りてそれに座って場所が決まりキラキラのミラーボールが光ってテントの中が夢の世界のようになったのを思い出しました。


演目の詳細は覚えていないのですがハラハラドキドキの連続だったのでしょう。最後の空中ブランコはその後も思い出しました。


その思い出から70年以上経って今回、同じような「サーカス」が見れました。その70年の間にたくさんあったサーカス団はずいぶん減ったようです。固定式の劇場でやるサーカスのようなものは大人になって何回も観ました。「「中国雑技団」「シルクドソレイユ」などなど。しかし芸だけの比較ではなく思い出の中の「サーカス団」とは違い、人生の一ページ、思い出の一ページとして今回の「木下大サーカス」は大きな価値がありました。


近くの席にいた小さい子供たちも大きな声援を送り楽しんでいました。この子達のこれからの人生の思い出になり私の様に70年後に思い出せる世界が続いてくれると良いのですがどうなるのでしょうね?




象さんの保護活動に協力してきました。