ページビューの合計

2026年1月22日木曜日

木下大サーカス いつ以来だろう?

 今年初の書き込みです。

元気にお正月を迎えました。(遅い報告で申し訳ありません)

『正月や 冥途の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし』・・・というところで半月も過ぎました。


暇にあかせてネットサーフインをしていてたまたま見つけたのは「木下大サーカス」の立川公演で昨年11月から始まっていたようでちょっと遅いニュースでしたが興味を引かれて調べてみるとまだまだ観覧できそうでした。チケットもネットですぐに取れてその予定日までのウキウキ感は子供の時のそれを思い出します。頭の中でサーカスの曲「天然の美」が鳴り響きました。今の若い人はほとんどご存じないでしょうが昔のサーカスはみんなこの曲でした。そしてサーカス団はいくつも存在して旅芸人のような生活をして日本全国を巡回公演していたのです。これは私の体験ではないのですがその人の学校へ転校生が来てその子は「サーカスの子で講演が終わるとまた転校して行ってしまった」と思い出を聞いたことがあります。


サーカスだけではなく、大衆演劇、見世物小屋、お祭りのテキやなど昔はあちこち巡りながら生活していた人が沢山いました。お客さんは地元に来てくれるそんな娯楽をとても楽しみにしていたものでした。

今は人の移動が楽になった分、お客さんに移動してきてもらう公演が多くなったようです。


その昔、小学校へ入る前だと思いますが田舎暮らしの我が家のそばにサーカスがやってきたことがありました。父親が切符を手に入れて連れて行ってくれたことを思い出します。今まで空き地だったところへ派手な布地のテントが建っていて中に入ると真ん中に広い輪っかがありその周りを板でできた長椅子が囲み客席になっていました。お客の呼び込み中は「天然の美」がエンドレスで鳴っていました。小さな座布団を借りてそれに座って場所が決まりキラキラのミラーボールが光ってテントの中が夢の世界のようになったのを思い出しました。


演目の詳細は覚えていないのですがハラハラドキドキの連続だったのでしょう。最後の空中ブランコはその後も思い出しました。


その思い出から70年以上経って今回、同じような「サーカス」が見れました。その70年の間にたくさんあったサーカス団はずいぶん減ったようです。固定式の劇場でやるサーカスのようなものは大人になって何回も観ました。「「中国雑技団」「シルクドソレイユ」などなど。しかし芸だけの比較ではなく思い出の中の「サーカス団」とは違い、人生の一ページ、思い出の一ページとして今回の「木下大サーカス」は大きな価値がありました。


近くの席にいた小さい子供たちも大きな声援を送り楽しんでいました。この子達のこれからの人生の思い出になり私の様に70年後に思い出せる世界が続いてくれると良いのですがどうなるのでしょうね?




象さんの保護活動に協力してきました。

2025年12月28日日曜日

大仁温泉 長嶋茂雄ロード行ってみました

70ジジーです。元気です。

私が中学1年生のころに少年雑誌が週刊化されました。それまでは月間雑誌で発売までの期間が長くまだかまだかと待っている楽しみがありました。「冒険王」とか「少年倶楽部」とか「少年画報」別冊付録がとても楽しみでした。別冊を挟んで発売するので本誌が膨らんでとても分厚く見えたんものです。それまでの雑誌の表紙は表紙絵でカラフルですが存在感はありませんでした。それが週刊誌になると絵ではなく写真が表紙になることが多くなりそれもスポーツヒーローがメインでした。「力道山」「朝潮太郎」「長嶋茂雄」「王貞治」「大鵬」「柏戸」などなど懐かしく思い出します。

その中でも「長嶋茂雄」はヒーロー中のヒーローでよく載ったものでした。それから10年後、「報知新聞」を読むようになるとジャイアンツと長嶋、王の機関紙でした。


その中の春の野球の無い時期のスポーツ新聞の記事は新しいシーズンの期待を盛り上げるためにいろいろな記事がありました。報知新聞のメインは「長嶋、山籠もり」とか「冬の素振り10000回」とか思い出します。

この「長嶋、山籠もり」の記事は毎年の恒例記事でした。場所は伊豆の大仁温泉で温泉に入り山道をランニング、部屋で素振りと記事に出ていたのを思い出します。

そこで行ってみました。「大仁温泉」。


大仁駅を降りると駅前ロータリーには居ました「長嶋茂雄」さん。

そこからホテルまでは急な坂道が続きます。途中にも「長嶋茂雄ロード」の文字がありランニングコースだったとか。

ホテルの中には「長嶋茂雄コーナー」が在り、

長嶋さんが泊まった離れではありませんが宿泊して温泉三昧、チェックイン前に

「富士の見える足湯」で一息。お天気が悪く富士山は見えませんでした。

翌日は、修禅寺温泉へプチ旅行。

指月殿へお参り

竹林をお散歩と定番コースを回り、

止まない雨の中帰宅の途に就きました。

2025年12月5日金曜日

劇団 テアトル・エコーのお芝居を見ました。

 70ジジーです。

あんなに暑かった夏が終わりチャンと寒い冬が来ました。本日はお釣りが来たように特に寒いです。

1か月以上前に買った芝居見物の予定日が来たので出かけましたが寒かったです。陽が照っていても風が冷たくダウンコートの襟をチャンと閉めてのお出かけでした。

1971年のエコー初演時のキャスト、懐かしい限りです。これも観ています。

54年ぶりの再演は大幅に役者さんが若返り音楽テンポが速くなりセリフも早口に聞こえました。見ている私が、段々着いていけなくなっているのかも。

カーテンコールは写真OKとの事で撮影できた写真です。


そのあと役者さんと握手して劇場の外へ、陽が陰り風は冷たいのですが芝居を見た後の心の暖かさと満足感があって駅までルンルンでした。その躁状態が続いたのでしょうか新宿で中央線に乗り換えるときに「グリーン車」をおごってしまいました。去年から中央線で4.5号車が二階建てになってグリーン車になっています。そこに乗るには別料金で今までチョッと混んでも一般車両に乗っていたのですが勢いで乗ってみました。ホームでスイカを使いグリーン券をゲット。来た電車のグリーン車両に乗ってみました。グリーン車は座席指定ではなく自由席ですから乗ったときに空席は無くとも料金は戻ってきません。乗った車両には空席があり座れました。そこでグリーン券を買ったスイカの出番、そのカードを席の上の所定の位置に近づけると席の上のランプが赤からグリーンになります。これで車掌さんが来ても何も言われずに堂々としていられます。しかし最寄り駅で降りるまでに車掌さんは来ませんでした。


楽しかった一日が終わりました。


2025年11月18日火曜日

長野ツアー第三弾 中山道馬籠宿妻籠宿

 70ジジーです。

長野県飯田市の久米川温泉に宿泊した翌日は霧の露天風呂から始まりました。

このところの熊騒ぎで露天風呂があちこち閉鎖になっているところが多いのですがこちらは高いコンクリートの塀に囲まれていて(ちょっと風情はないのですが)熊は入ってこれない構造になっています。しかし朝からの霧とドウドウと流れ込むお湯の湯気でいい雰囲気でした。

朝食後には霧も晴れて絶好の観光日和、車で30分ほどの馬籠宿に向かいます。途中気になったのがカキの木。オレンジ色の実を葉の落ちた木の枝にタワワに付けて「これは熊の大好物だわ」と独り言が出る道でした。刈り取りが終わった田んぼとちょっとした空き地にあるカキの木が何本もあって収穫待ちなのでしょうが熊も狙っている事でしょう。

10時前に到着した馬籠宿の駐車場はもう8分の入りでそこから旧街道に向かって歩いていくと途中のバス停には降りたばかりのインバウンドさんがぞろぞろ歩いていました。


風情ある宿場町、には茶店が必要です。そこで入ったのが「栗きんとんとお茶セット」。
周りはすべて外人さん、「ここは日本かしら?」

島崎藤村の生家を訪ねたけれど 「まだ あげ そめ し 前髪の」しか思い出せない私です。
この道をズーッと登っていくと山道になり妻籠宿につながるようで元気な人は歩いていました。インバウンドさん半袖、短パン、11月半ばで元気ですね。
私はここから駐車場に戻り車で妻籠宿に移動しました。
妻籠宿は馬籠と比べるとまだ平坦でした。

ちょうどお昼時になっておなかも空いてきました。どこかで蕎麦でもと思って歩いていると桝形を下りてひなびた「旅籠松代屋」さんの隣に縁側のある部屋に「お蕎麦」と書いてあるお店を見つけました。縁側の隣の玄関に入るとおばちゃんが迎えてくれます。早速縁側のある部屋に座り込みお蕎麦を注文いたしました。「できますのはかけそばと盛りそばだけです」とおばあちゃん。結構です、それを注文して縁側に座って待っている間も目の前を観光のインバウンドさんたちが通過していきます。つい手を振ってしまうと向こうからも振り返されてお互いニッコリです。何人か通過した後その人たちが戻ってきて「ここはなんだ」と聞いてきました。「蕎麦レストラン」と答えると縁側から靴のまま上がってきそうな勢いでした。「ノー、エントランスは左」と滅茶苦茶な言葉で玄関を教えました。「オー、ソーリー」と玄関に回り私たちの奥の座敷に通されていました。そこでお店のご主人が登場。奥座敷に座った若いお兄ちゃんのインバウンドさんに地球儀をもって迫っていきます。「ユーはどこから来たの?」。後から聞いたのですがご主人91歳だそうです。
カナダのケベックからの二人とフランスノルマンディの一人で今朝知り合ったとか。
おじいさん曰くホット蕎麦とアイス蕎麦を頂きました。

おなかがいっぱいになって宿場の中をウロウロ。本陣跡やらはたご、お店、明治天皇のご休憩どころ等を観光しました。その時松本のドーミーインで一緒に朝食をしたインバウンドご夫妻とすれ違いました。「世界は狭いです」

囲炉裏を炊いて煙い家の中ですがそれにも意味があると教えてくれました。窓の格子から陽が差すのは秋冬春だけに設計されているとか、昔からの知恵はすごいです。

最後になりますが、蕎麦を食べている時に有線放送が鳴って「※※に熊が出ました皆さんご注意ください」と住民向けの放送がありました。出た場所の地名はよそから来た人にはわかりませんので気にせずにいたのですが後で入ったおやき屋さんのご主人に「熊が出たと放送していましたよね?」と聞くと「上の方の墓地に出たようだね。このところ三日に一遍は放送があるよ」と教えてくれました。その熊が妻籠の宿場に降りてこないことをお祈りしています。

2025年11月17日月曜日

長野ツアー第二弾 リンゴ狩りから紅葉狩り

 70ジジーです。

先日墓参りに行った話をアップいたしましたがその続きです。

松本のドーミーインに宿泊して豪華な朝食を頂きました。ドーミーの朝食はどこの地方に行ってもメニューが考えられていてとても満足できます。本日のメインは「信州サーモンのちらし寿司」。自分でお茶わんに摂るので大盛りにして満足度がまた上がります。そのほかサラダやら卵料理、朝からおなか一杯状態でした。その後別腹デザートを頂き周りを見回すと初老のアングロサクソン系のご夫妻が目につきました。仲良く、食後のコーヒーを飲んでおられました。

秋の信州旅行の定番は「リンゴ狩り」でしょう。私の好きな伊那北のリンゴ園に向かいます。ここは6~7年前に飛び込みできたリンゴ園でしたがおかみさんと気が合ってその後毎年、「サンフジ」の収穫期にお邪魔させていたただいております。去年からリンゴ園に熊が出た話を聞いていましたが今年の全国の熊騒動のはしりだったのでしょう。やはり今年も出たそうです。

おまけにイノシシ、親子連れ、サルも団体でやってきたとか。やはりおいしいものを知っているのでしょう。

信州の食べ物でそのほかの名物というと「寒天」があります。なぜ海の海藻、テングサを使った山国の名物になるのか面白いものです。答えはテングサを煮詰めてその液を型に入れて凍らせて乾燥したものが寒天と呼ばれるものでした。信州の寒さが凍らせて乾燥するのに都合がよかったのでしょう。今では冷凍庫でフリーズドライで完成できるのに昔の人は大変だったろうと思います。その寒天商品を製造販売しているお店があります。「かんてんパパ」に行きました。ここも毎年まとめ買いをするのですが今年は新商品がなくチョッと寂しかったです。お庭がきれいに整備されていちょうも楓も紅葉真っ盛りでした。
そこでいただいた「十割そば」とリンゴの天ぷら。名物尽くしでした。

昼も満腹、自宅へ帰っての体重増加が心配されます。(事実、1.5Kg増えていました)
「かんてんぱぱガーデン」から宿泊予定の温泉に直行しました。明日は馬籠宿を観光する予定でしたので「久米川温泉」へチェックイン。ドウドウと流れ込むお湯につかり疲れも取れました。




2025年11月16日日曜日

秋の墓参りからリンゴ狩り、馬籠妻籠

 70ジジーです。元気です。

このところ急激に秋めいて、来週には今季最大の寒波襲来の予報が出ています。

そんな冬が来る前に、ご先祖様にごあいさつを兼ねて秋の観光に行ってきました。お墓は長野県の松本にあります。そこまで昔、50年前は中央本線で新宿から特急でも4時間近くかかった覚えがあります。それが自家用車時代に入ると一般道をやはり4時間、中央高速が半分開通して3時間、全開通して2時間半とドンドン便利になってきました。

今回は、終の車の半自動運転で2時間で岡谷のウナギ屋さんへ到着いたしました。あまり時間が短縮されていないのは、中央高速の渋滞の所為でした。インバウンドさんだけではなく富士山方面に紅葉を見に行く観光の方々が、大月の分岐までに長い渋滞を作っていて時間がかかりました。

途中、予約した店から携帯に電話がかかり到着時間を尋ねられました。これも便利になったものです。

13時到着すると、予約以外売り切れとの掲示でホッとしました。

ウナギは蒸さずにカリッと焼いた関西風で、お味もメニューに珍しくみそ味とあったのでそれを注文いたしました。信州3年みそのたれ焼き、とても美味しかったです。
身も厚く国産のウナギ

その後はお約束の墓参り。さすがにお墓には外人さんはいませんでしたが夕食を食べに出た松本の街中にはどちらを向いても外人さんが目につきました。食べに入った定食屋さんには居ないのかと思ったらとある国の言語が左右から聞こえ「やっぱり!」という感じでした。
 ここで1日目は終わりですが二日目のホテルの朝食で会ったヨーロッパ系の外人さんと
最終日に別のところで出会ったことは次のブログでご報告いたします。


2025年11月6日木曜日

今年も歌舞伎見物

70ジジーです。元気です。


あんなに暑かった夏も過ぎて一瞬の秋からもう冬の到来です。あと2か月でお正月です。

いやになるほど月日の経つのが早く感じています。昨年の11月にも歌舞伎を見に行ったとブログに書いて何回も更新する前に1年がたってしまいました。   でもネタもなく見に行った話です。

 

段々と都会に出かけるのが面倒になっているのですが頑張って出かけました。東京駅まで中央線に乗ってそこからバスに乗り換えました。東京都は高齢者に「シルバーパス」というのを発行してくれて1000円で1年間バスに乗り放題です。ただどこから乗ればよいのかを自分で探すのが億劫になってきて出かけるのも少なくなっています。バス停を探してウロウロ、乗ってさき会計だと運転手さんに言われてオロオロ。でも親切に降りるバス停で声をかけて頂きました。ありがとうです。

 

1年ぶりの歌舞伎座です。

 

なんかウキウキしてきます。イヤホンガイドを借りお弁当と飲み物を抱えて席を探します。ここは案内のお姉さんが沢山いてご親切。

2階席の前から3番目でした。後ろを見ると高校生の団体がズラッと並んで見下ろしてきます。学校の授業の一環でしょうか、ただ出し物が「心中もの」と「吉原もの」教育上はどんなものでしょうか?

一幕目が終わりお弁当タイムです。さっと食べて場内の探検に行きました。

東山魁夷の「富士と紅葉」、出し物にあった「鳥獣戯画絵巻」(レプリカ)

 



演目のポスター 弁慶、格好良かったなー。

2階の桟敷席は花道も見えてとてもいい感じです。次回はここから見たものです。

実際の席はこんな感じ

でも、ここから見た、弁慶の大暴れはとても印象に残りましたょ。